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それでも、生きてゆく第5話~母・響子の独白

 

 

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過去と向き合うことで登場人物たちが心をかき乱される回でした。特に亜季の母・響子(大竹しのぶ)の混乱っぷりは身につまされますね。

放送日・あらすじ

放送日

2011年8月4日(木)22:00~フジテレビ系列で放送

あらすじ

www.fujitv.co.jp

 

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感想

兄と弟

父と暮らし15年間時間が止まったままの兄・洋貴(瑛太)に対して、弟・耕平(田中圭)は家庭を築き母と”幸せ”な家庭を築いています。
母親が幸せでないことを前提に話す洋貴に対して耕平が腹を立てたのは、自身がまがいなりにも築き上げたかりそめの幸せな家庭を否定されたように受け取ったからでしょう。
しかし、一方で彼自身がこの幸せは砂上の楼閣であることを自覚しているし、大金を払って嫌がらせに打ち込む母の苦悩も知っているんです。
母が本当の意味で幸せではないことに耕平も気付いているんですよね。

五月と洋貴と双葉

五月(倉科カナ)は母を殺した犯人が自殺してしまい、憎しみを持っていく場がなくさまよっている状況のようです。だからこそ洋貴に共感し、双葉(満島ひかり)を敵視しています。

この3人の関係はまるで3角関係で、双葉と洋貴のやりとりは恋人同士のようなのですが、双葉と洋貴の間には被害者家族と加害者家族という明確な境界があります。

「そのうちうまくいきますよ。双葉さん頑張っているから」といいながらも、握ろうとした手を引っ込めたり、捨てられた封筒で二人の立場の違いを再認識したり、境界を乗り越えられない二人の様子が描かれていましたね。

母の独白

今回の一番の見どころは響子の独白ですね。
かなり長い尺で事件当時のことや、それ以降の苦悩を語ります。
その語り口が整理されていなくて、本人も混乱している様子が伝わってきます。

亜季は分かれ道を母の言いつけ通りに安全なほうを選んだはずなのに、たまたま少年に出くわしてしまったことで殺害されてしまったようです。
亜季には過失がありません。

なぜ亜季は殺されたのか?という理由を説明する際に客観的にアカデミックな答えは出てくるのかもしれません。
犯人の心の闇とか、生い立ちとかですね。
しかし、母という当事者の立場からすると、そういう客観的な分析は何の意味も持たず、「たまたま少年と出くわしたから」としか言いようがないんです。
「じゃああの時どうしていれば亜季は殺されずにすんだのか?」という問いには答えてはくれないんですね。
むしろ「あなたにできることは何もありませんでした。」という母親にとって一番残酷な答えを突き付けてきます。

だからこそ自分が何かしら悪いと思うことで何とか15年間生きてきたのかもしれません。

響子の見た夢

響子はこのまま死んでしまおうというときに文哉の夢を見て、自分が彼と同じく「人をやめた人間」になろうとしていることに気付き、生きることを選びます。

双葉も以前「積極的に生きようと思ったことはない」と言っていましたし、『それでも、生きてゆく』というタイトルの意味はこのあたりにあるのでしょう。

このドラマは「なぜ『フランダースの犬』のネロは苦しい思いをして生きているのか?生まれてこなければよかったのではないか?」という亜季の疑問に答える形で進んでいます。
この問いに「それでも生きていくんだ」と決意した人々と、答えることをあきらめ、むしろ共感してしまった文哉(風間俊介)の対比が描かれていますね。

人間であることの本質とは「苦しくても生きてゆく」ことにあるのかもしれませんね。

まとめ

双葉と文哉が再会しました。

個人的にはこのドラマは被害者家族と加害者家族のお話だと思っているので文哉のことについてはあまり触れずにここまで来たのですが、本筋にも絡んでくるようですね。

描き方は難しいと思いますがどうするんでしょうね。