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フェルマーの料理【第6話感想】

 

 

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高橋文哉さん、志尊淳さん出演ドラマ『フェルマーの料理』第6話が放送されました。少年漫画っぽすぎてノレない部分や、説明不足で置いてきぼりにされる部分もありますが、全体としてみると構成が面白くって楽しめます。

 

放送日・あらすじ

放送枠

TBS 金曜日 22:00~

放送日

2023年11月24日

あらすじ

あらすじ|TBSテレビ 金曜ドラマ『フェルマーの料理』

配信状況は公式サイト、またはこちらでご確認ください↓
フェルマーの料理 - ドラマ情報・レビュー・評価・あらすじ・動画配信 | Filmarksドラマ

基本情報

原作

小林有吾『フェルマーの料理』

 

脚本

渡辺雄介/三浦希紗

キャスト

主要人物
北田岳(高橋文哉)数学に人生を捧げてきた数学少年。
朝倉海(志尊淳)二つ星レストラン「K」のオーナーシェフ。
赤松蘭菜(小芝風花)前菜を担当。
乾孫六(板垣李光人)コミ。
王明剣(朝井大智)スープ担当。
ダビド・サロ・ペーニャ(フェルナンデス直行)魚料理担当。
ジャン・ジョルダン(ジュア)デセール担当。
布袋勝也(細田善彦)スーシェフ。
福田寧々(宮澤エマ)給仕長。
魚見亜由(白石聖)岳の高校の同級生
西門景勝(及川光博)岳が通う高校「私立ヴェルス学園」の理事長。
北田勲(宇梶剛士)岳の父親。

相関図はコチラ↓

相関図|TBSテレビ 金曜ドラマ『フェルマーの料理』

感想

こういうタイプのドラマで脇役のキャラクターを取り上げる回になると、主役の存在感が薄くなってしまうことがよくあります。
しかし、このドラマはそうはならないんですね。
これまで孫六(板垣李光人)、蘭菜(小芝風花)、そして今回スーシェフの布袋(細田善彦)が取り上げられていますが、岳の話がおざなりにされることはありません。

こういうところがこのドラマの面白さにつながっているのではないかと思います。

高級ホテルのパーティー

高級ホテルのパーティで提供される料理の監修を巡り、Kのスタッフ内でコンペが行われました。
孫六の口から語られていましたが、パーティは食事をするための場所ではないため、食事は脇役でなければならず、それゆえに答えが見出せないという難しさがあります。

孫六がコンペにかけた料理がその難しさを証明してしまったのが残酷でしたね。
でも、どんなにおいしくても最高の状態で口に運んでもらえない料理はパーティにはふさわしくないという海の説明は理にかなっていました。
他のシェフたちの料理についてもコメントがあったほうが面白かっただろうなぁとは思います。

布袋

競争を嫌う岳に海が変化を求めるのが表向きの構成になっていますが、実は真の狙いは布袋に向けられていたという点に今回のエピソードの面白さがあります。

冒頭で厨房を取り仕切る布袋の姿に視聴者は「この人は凄いなぁ」と思ってしまうのですが、徐々に「あれ?」っていう違和感が蓄積されていくんですよ。
まず最初に感じた違和感は岳がコンペに出ないと言い出した時に「出なければ勝つことも負けることもないぞ」というぬるいアドバイスですね。
でもこの時は、「この人も競争が嫌いなんだなぁ」という程度にしか思わないですよね。

それが、オーナーシェフを辞めた理由を「コロナ禍で経営が上手く行かなかった」と説明していて、海の説明とズレているところで少しずつ布袋の抱える弱さが露呈してくるんです。

最後の違和感は岳の言葉に激昂し「自分もコンペに参加する」と言い出したのに作った料理が昔のスペシャリテだった点です。
「準備していないのに作るなんてすごいなぁ」とか「やっぱり出たかったのね」って思って観ていたら、食べるまでもなく負け確定の料理が登場します。
その時に「えっ!うわっ!ダメだこの人!」って確信に変わるんですよね。

戦うことを止めた男の末路、自分に言い聞かせていた言い訳を否定され現実を突き付けられた布袋の姿にはグッときました。
「シェフなら感じるな、考えろ!」って冒頭とは真逆のことを言われてしまうなんて本当残酷です。

若干前回のエピソードと似ている気はしますけどね。

今回の数学

今回登場したのは円周率が3ではいけない理由と、オイラーの等式でした。

オイラーの等式 - Wikipedia

あの料理のどのあたりがオイラーの等式なのかはよく分かりませんし、孫六に言っていた「どうやって提供するのか?」という課題も解決できるのか不明です。
それに岳のKの中での序列が急上昇しているのもそれほど納得のいくものではありませんでした。

発想力を競うコンペなら良いんですけどね。

おわりに

数学賞のパーティであることを知り倒れてしまう岳でしたが、岳が数学にトラウマを抱えた理由がイマイチ分かりにくいんですよね。
数学オリンピックと学問としての数学ってどれぐらいの距離感にあるものなのでしょう?